復刊ドットコム

新規会員登録

新規会員登録

V-POINT 貯まる!使える!

書物復権によせて

「運命の一冊」
野村良太

パソコンの画面に一冊の本の情報が表示されている。志水哲也著『果てしなき山稜』。ウェブサイトの概要欄によると「著者が若き日に実行した無謀とも思える壮大な山行の記録」とある。概要はさらに続く。「1995年に白山書房より刊行された名作を文庫化……」。どうやらしばらく絶版になっていた本が、最近になって復刻したのだという。なにか運命的なものを感じ、思わず購入ボタンを押した。

この本は、1993 年年末に襟裳岬を出発し、宗谷岬まで670キロメートルの行程を12分割し、半年間かけて単独で北上した記録をまとめた一冊である。その内容は、厳冬から早春にかけての北海道山岳地帯の過酷さはもとより、自分探しの旅、現実との葛藤に溢れていた。ものすごい旅だ。旅の中で著者は自身の考え方や生き方、ふとしたときに社会の常識に反発してしまう心情描写や随所に見せる人々への猜疑心を包み隠さず丁寧に綴ってゆく。思わず共感してしまうところばかりで、ページをめくる手が止まらなかった。厳しい雪山と温かい町の人々との対比が魅力的だったが、なにより、僕がちょうど生まれる少し前にこのような単独登山が行われていたことが驚きだった。

「第27回植村直己冒険賞」を受賞するに至った、北海道の分水嶺を縦断するという僕の計画は、志水氏の著書を読んだことが全ての始まりだった。志水氏の文章に感化されて、僕の目標は未だ誰も成し得ていない、この北海道の脊梁山脈を一つなぎに踏破することだと思うようになった。具体的に計画を立てるとき、壮大な計画を前に怖気づく自分を奮い立たせたいとき、しまいには63 日間に及んだ挑戦中もずっと、この一冊の文庫本が僕のそばにあった。挑戦をやり遂げた後も、僕にとってのバイブルとなっている。

今になって幸運だったと思うのは、この本がタイミング良く復刻されていた、ということである。あのとき絶版のままだったら、果たして僕は同じようにこの本にたどり着いただろうか。たどり着いたとして、読み終わった後に自分事として捉え、壮大な計画へと踏み出す、そういう一冊になり得ただろうか。

時代によって、世間に求められる本というのは移りゆくものなのかもしれない。だが、時代を超えて、読者に感銘を与えられる本が少なからずある。

今は日の目を見る機会を失っている本の中にも、これからの若者の人生を変えてしまうような一冊が眠っているに違いない。

◇野村良太(のむら りょうた)…大阪府豊中市生まれ。札幌市在住。(公社)日本山岳ガイド協会認定登山ガイドステージII・スキーガイドステージI。北海道大学ワンダーフォーゲル部で登山を始める。62代主将を経験。2022年2~4月、積雪期単独北海道分水嶺縦断(宗谷岬から襟裳岬まで670キロ)を63日間で史上初の達成。NHK総合にて『白銀の大縦走 北海道分水嶺ルート670キロ』全国放送。『第27回植村直己冒険賞』受賞。

V-POINT 貯まる!使える!